グイノ・ジェラール神父の説教



2018年

特別な祝い日

と祭日

聖人の祝い




聖家族
主の公現

洗礼者聖ヨハネ



       聖家族の主日  20171231日   グイノ・ジェラール神父

          創世記 15,1-621,1-3  ヘブライ11,811-1217-19  ルカ 2,22-40

  私たちは聖家族を祝うことによって、ある男…ヨゼフ、ある女…マリア、ある子ども…イエスを仰ぎ見ています。

 ヨゼフは正しい人であり(参照 :マタイ1,19)沈黙を守る父です。 新約聖書はヨゼフの言葉を一言も聞かせませんが ヨゼフは親切で洗練された人であり、また元気の良い果敢な人だとマタイとルカが教えています。 夢を通して示された名前をイエスに与えることによって、ヨゼフはイエスにダビデ王の血筋とユダ族に属する資格を与えました。 イエスの誕生後、母マリアと幼子イエスの命を救い守るために、ヨゼフは懸命にエジプトに避難所を捜しました(参照:マタイ2,14)。 ヘロデ王が死んだという知らせを受けたヨゼフは、ナザレの村に戻り、そこで母マリアと共にイエスに良い教育を与え自分の専門職の大工の仕事をしました。

 特に「父(天の父)から天と地にあるすべての人々が父性の恵みを受けたからである」(参照新しい訳:エフェソ3,15)この父なる神の前で、ヨゼフは謙遜と従順な態度を示しました。 自分が神の子と断言した12歳のイエスの言葉を聞いて、ヨゼフは今まで忠実に果たした父としての責任を神に譲りました。 「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」(参照:ルカ2,49)と権威を持って、イエスは非常に混乱して驚いている両親に言いました。

 イエスの母になるために乙女マリアは、すべての女の中から選ばれ、祝福された方です。 新約聖書は母マリアのほんの少しの貴重な言葉を載せています。 母マリアも夫ヨゼフのように沈黙を守る人です。 マリアは聞き分ける心を持ち、絶えず自分の内に神が行なわれる不思議な業を思い巡らしながら、それについて神に感謝します。 母マリアは自分の子イエスを愛し、彼に関するすべての出来事について黙想しています。 十字架の下で、苦しみの剣で心を刺し貫かれた状態で(参照:ルカ2,35) マリアは私たちを新しく生まれた子どもとして受け入れます(参照:ヨハネ19,26)。

  イエスはヨゼフとマリアの家族としての仲の良い雰囲気の中で、神と共に親密な関係を結ぶように学びました。 イエスは神を「父」という名で呼んで祈ります。 イエスの名が意味しているように、イエスは世を救うメシアです。 聖パウロが教えている通り、受難と復活によってイエスが「多くの兄弟の中で長子となります」(参照:ローマ8,29)。 イエスの流された御血によって贖われた私たちを神と和解させ、そして信仰によって私たちに『神の子となる資格を』(参照:ヨハネ1,12)与えました。 更に、イエスの御体と御血に養われる私たちは、永遠の命に預かり、神の栄光が私たちの遺産になります。

 今紹介したヨゼフ、マリア、イエスは私たちが祝っている聖家族です。 ヨゼフは母マリアの内に実現されている神の神秘を仰ぎ見て、それを愛と謙遜を持って守ったので聖家族と言われます。 イエスが私たちの「心の柔和、謙遜な」(参照:マタイ11,29)救い主になるために、ヨゼフとマリアは神が望まれた正しい教育をイエスに与えました。 ヨゼフは慈しみと忠実さを示しながら、母マリアの世話をすることに同意しましたので、イエスの家族は聖なる家族です。 母マリアは夫ヨゼフの愛に支えられ、絶えず心を神に向かわせて生活を送りましたので、イエスの家族は聖なる家族です。

  ですから、今日、信仰と希望のうちに成長するために、この聖家族の保護のもとに集まりましょう。 そしてイエス、ヨゼフ、マリアから、父なる神の眼差しのもとに謙遜に、忠実に生きることを学びましょう。 アーメン。

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         主の公現の主日 B年  20181月7日    グイノ・ジェラ−ル神父

                     イザヤ 60,1-6   エフェソ 3,2-3,5-6   マタイ 2,1-12

  主イエスの誕生の最初の証人となるために、占星術学者たちは長い旅をしました。 この占星術学者たちはおそらくメディア人であり、現在のイランの北の方に住んでいた祭司職の人です。 彼らは夢の意味を解き明かし、占いをし、太陰暦と季節の祭りの時を決める専門家でした。 それらを正しく行うために占星術学者たちは宇宙万物の現象を観測し、天体の動きを勉強していました。 そんな時、不思議な一つの星の出現のお陰で彼らは神の子を見つけるための旅に出かけました。

  今日、神を探し求めるように占星術学者たちは私たちを誘っています。 そうするならば、私たちは神がまず先に私たちを探し求めていることを理解できるでしょう。 しかし、独りでは中々神を見つけられません。 神を見つけるには、占星術学者たちが教えている通り、神をほんの少しでも知っている人の助けと教え導きが必要です。 そして、占星術学者たちは私たちに神を礼拝することと、同時に神の手に自分自身を捧げることを教えています。

 ですから、今日こそ、占星術学者たちと共に、神に私たちの人生の黄金・乳香・没薬を宝物として差し出しましょう。 黄金とは、自分の内にある親切さや、寛大さや優れた徳を表しています。 幼いイエスに私たちの信仰と希望と愛徳の黄金を差しあげましょう。 黄金はまた経済的な生き方のシンボルですから、私たちが持っている富や豊かさや物質的なものに関して、バランスの取れた生活を送ることが出来るように神に願いましょう。 そして谷間にいる人々に対して、注意深く思いやりをかけましょう。

 次に私たちの祈りの乳香、神と共に愛の親しい信頼の絆で生きる私たちの望みを神に捧げましょう。 私たちが示す祈りの生活は具体的な助け合いの行いにしっかり根を下ろすように神に願いましょう。 私たちの礼拝がこの世界に注がれている私たちの眼差しを変えますように。 そして、祈ることによって更に私たちが苦しんでいる人や困っている人の隣人になりますように。

  昔、没薬は亡くなった人の死体の防腐処置のために使われていました。 私たちの人生の没薬は心から湧き出てくる慈しみです。 思いがけない災いや病気や苦しみや死に出会う人々に寄り添い、ずっと私たちは憐れみ、慰めと慈しみを与える友になりたいと思います。 神ご自身が憐れみ深いように、私たちも憐れみ深い人となりましょう。 そして私たちの希望がすべての疑問や恐れ、試練や失敗を乗り越え強くなるように神に願いましょう。

  私たちが生きている限り、きっと神を探し求め続けるでしょう。 また神を見つけるなら、また再び神を探し求めることになるに違いありません。 なぜなら、神はいつも私たちの考え・想像・理解を遥かに超えているからです。 そういう訳で、今日のミサ祭儀を通して私たちは救い主イエスと出会い、信頼をもって自分の全てをイエスに捧げることが出来るようにお互いのために祈り合いましょう。 聖ヨセフと聖母マリアの取り次ぎによって、主イエスが私たちを父である神にまで導きますように。 イエスはこの神を「父」と呼ぶように教えたからです。 アーメン。



           洗礼者聖ヨハネの誕生 B年   2018624日   グイノ・ジェラール神父

                    イザヤ49,1-6  使徒13,22-26  ルカ1,57-6680

  教会の典礼は3人の誕生を祝っています。 それはキリスト、聖マリア、洗礼者ヨハネの誕生です。 5〜6年ごとに洗礼者ヨハネの誕生は、今日のように、日曜日に当たります。 洗礼者ヨハネは「来るべき方」を知らせる使命を受けました。 教会が彼の誕生を祝う理由は、栄光のうちにキリストが来られる時を私たちが待っているからです。

 新しい契約と古い契約の2つの時代の変わり目にいる洗礼者ヨハネは「メシアの期待」を告げ、同時に新しい時代の門を開きます。 彼は旧約聖書と新約聖書を繋ぐ人です。 神の裁きを受けるために全人類の心を準備し、世の終わりに来るべき預言者エリヤとして、聖書は洗礼者ヨハネを紹介します。 なぜなら私たちが「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ」(参照:フィリピ3,13)進んでいるからです。 私たちは洗礼者ヨハネと共に、栄光に輝くキリストの到来に対する私たちの期待と信仰を宣言します。

 イエスの先駆者に与えられた名について、聖ルカが何度も強調しています。 「ヨハネ」という名は「神は恵みを与える」を意味します。 確かに予想外の子どもを誕生させることによって、神はエリザベトとザカリアに大きな恵みを与えました。 聖マリアの訪問によってエリザベトを聖霊で満たすことで、神は彼女に貴重な恵みを与えました。 不信によって失われていたザカリアの声を取り戻すことで父になった彼に、神はいつくしみとあわれみを与えました。 救いの時を実現し始める最後の預言者として洗礼者ヨハネを遣わすことによって、神はイスラエルの民と全人類に喜ばしい恵みを与えました。 救い主と贖い主としてイエスを与えることによって、神は私たちに豊かな恵みを与えました。 私たちを赦す時、また、ご自分の神性に私たちを与らせることによって、神は驚くべき恵みを与えてくださいます。

 「およそ女から生まれた者のうち、ヨハネより偉大な者はいない」(参照:ルカ7,28、マタイ11,11)とイエスは断言しました。 自分のそばに来た人々に回心の洗礼を受けることを誘いながら、洗礼者ヨハネは「主の道」を整えました。 昔、預言者イザヤに言われた神の言葉を、聖霊に満たされた父ザカリアは口を開いて、もう一度宣言します。 「わたしの子は神の預言者と呼ばれ、主の前を歩み、その道を整えます」と。 あなたは「国々の光として地の果てまで救いをもたらす者」となるでしょう。

 洗礼によって私たちも「主の道を整える」ために「世の光」となりました。 神の言葉に耳を傾けながらこの道を、まず自分たちのために整えましょう。 毎日、永遠の命の言葉で私たちの信仰を養いましょう。 なぜなら、神の声を聞き、神の意志を行なう人々に、神は偉大な恵みを与えるからです。 また自分のために主の道を整えることによって、容易に私たちは他の人々にとっての神への道となるからです。

  私たち一人ひとりが神に愛されていること、また世のために役に立つ使命を受けたことを洗礼者ヨハネの誕生は私たちに思い起こさせます。 私たちはこの使命を謙遜に忠実に果たす必要があります。 「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」(参照:ヨハネ3,30)と言った洗礼者ヨハネは、また私たちにへりくだる必要性を思い起こさせます。 ですから、謙遜に私たちは自分の人生の中の大きな場所をキリストに与えましょう。 そして、キリストの再臨に対する私たちの期待は宣教的な目的を持ち、同時に生き生きとした期待であるために、洗礼者ヨハネが神のそばで私たちに執り成すように願いましょう。 アーメン。






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